祖父母の家で、よく一緒に遊んだ女の子の話

阪神淡路大震災から、24年の月日が経った。

当時の私はまだ7歳で、父の転勤により福岡に住んでいたのだが、遠く離れた宮崎県に住んでいた祖父母に会いに行くたびに、一緒に遊んでいた女の子がいた。

彼女の名前も、年齢もすでに朧気な記憶となりつつあるが、よくリカちゃん人形を片手に遊んでいたことだけは覚えている。

その彼女は、はきはきとした関西弁をしゃべり、私の祖父母の家の隣に住んでいるご夫婦のお孫さんだった。

私が遊びに行くたびに必ず彼女も帰省していて、なぜ一緒に遊ぶようになったのかは覚えていないが、当時も今もどちらかといえば人見知りの傾向がある私のことだ、

恐らくは関西圏特有の物おじしない性格であっただろう彼女に誘われるがまま一緒に遊ぶようになったのだと思う。

その彼女が、あの阪神淡路大震災の年には帰省しておらず、当然遊ぶこともできなかった。

子供心に変だなあと思っていたら、祖父母の隣のお家でお葬式をしていて、「隣のおじちゃんたちは元気なのに、変だなあ」とますます不思議な気持ちになった覚えがある。

後々、両親から彼女が阪神淡路大震災で亡くなったことを聞かされ、驚いたというか、悲しかったというか、とにかく何とも言えない気持ちになったものである。

彼女がもし生きていれば私と同い年くらいか、いくつか年が離れていたのか定かではないが、今頃は良い家庭を築いていたのかもしれないと思うと心苦しくなる思い出だ。脱毛ラボ キャンセル